思い、巡らし、行動す 丸亀絣織物 / もんぺ博覧会2026

うなぎの寝床が久留米絣と関わりはじめて10年以上が経ちました。
その間に良いことも、そうでないことも様々なことが起こり、変化がありました。ただ、変わらないのは、織元も私たちもみな、久留米絣を伝えたい、久留米絣を繋げていきたいと日々模索し、葛藤し、動こうとしていることです。久留米絣に関わるそれぞれが「今」考えていることや取り組んでいることを記してみたいと思います。

はじまりは自家消費のための、織りだった「久留米絣」

織物というのは、つくづく特殊な工芸品だなと思う。
なぜなら織り上がった段階では、まだ「素材」なのだ。木工やガラス、陶芸などであれば、素材である木や石や土を人間が使用できる形状に加工して完成するが、織物は織り上がってもそのままではまだ使えない。昔の人たちは、自分で着物や服を縫うことができたから、生地を選ぶ楽しさや創作の自由が「使い手」側に委ねられていた部分もあったのだろうと思う。

久留米絣にいたっては、はじまりは自家消費のための、織りだった。江戸後期、市井の女性たちが自分や家族が着るために、機織りしていた織物だ。絣(かすり)という技術は、井上伝という少女が考案し広めた当時の「流行り」の技術だったのだ。自分が身につけたい柄を考え、自ら織る。究極のファッションの楽しみ方なんだろうな、という気がする。

より面白く、楽しく、カラフルに。久留米絣の織元たちが、より魅力的な生地づくりのため、切磋琢磨していく中で生まれた技術がつまみ染めだ。通常の久留米絣は、糸を部分的に縛って染めて解くことで柄をつくるため、紺白/濃淡など2色までしか使えない。その色の制約を乗り越えるため、染め分けたくくり糸に、さらに一つ一つ手で色を刷り込み、3色以上の表現を可能にするのが、つまみ染めという技術なのだ。

 

昔からカラフルな色使いで知られる「丸亀絣織物」

ご想像の通り、とても時間と手間がかかるので、生産効率はよろしくない。積極的に行わない織元も多い中で、昔からカラフルな色使いで知られる丸亀絣織物では近年さらにつまみ染めに力を入れている。昔から大柄や独創的な色使いの生地が多い丸亀絣織物の「らしさ」を形作り、新たな表現の可能性を広げてくれる技術なのだ。

5代目の丸山重俊さんは、2013年に工場と自宅の火事という苦難を乗り越えて実家の家業を継いでいく覚悟を決め、現在では生産から販売まで全てを父である重徳さんから引き継ぎ、産地全体を引っ張っていっている。昨年オープンしたギャラリー・ストアたてよこ STORE+LABOは、そんな重俊さんや丸亀スタッフの皆さんの覚悟を感じる、素晴らしい空間と展示だ。

工業化・大量消費化の中で、我々の手から離れていってしまった素材でもある「織物」。久留米絣と関わる仕事のおかげで得た、織物という素材と”再び”出会う経験は、大袈裟かもしれないけど「なんだかゆたかだな」と思う。なんなら最近はこの10年ではじめて、自分もちょっと織ってみたいかも…などと思い始めている。というわけで繰り返しになるが、ぜひとも産地に足を運んでみてほしい。人生変わるかも(保証はありません)。

 

 

うなぎの寝床 / UNAラボラトリーズ 渡邊 ∈(゜◎゜)∋ ウナー

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