うなぎの寝床が久留米絣と関わりはじめて10年以上が経ちました。
その間に良いことも、そうでないことも様々なことが起こり、変化がありました。ただ、変わらないのは、織元も私たちもみな、久留米絣を伝えたい、久留米絣を繋げていきたいと日々模索し、葛藤し、動こうとしていることです。久留米絣に関わるそれぞれが「今」考えていることや取り組んでいることを記してみたいと思います。
久留米絣のイロハを学んだ、その先に
久々の通訳の仕事で伺ったのは、八女市に残る唯一の久留米絣の織元、下川織物だ。
下川織物は、私が経糸と緯糸もよくわからないような状態から、久留米絣のイロハを学んだ場所だ。10年前、八女にきて初めての仕事は、オランダから久留米絣のリサーチにきたテキスタイルデザイナーのエミリの通訳だった。日本語で聞いても意味のわからない難解な織物専門用語をネットで検索しながら訳すと、「ああなるほど」と下川さんとエミリが目の前で理解し合い、さらに話が奥へと進んでいく。私は意味もわからないままに言葉を媒介しているだけ、という不思議な感覚を味わったのを思い出す。
その後コラボレーションはさらに技術的に奥深い領域へ進んでいく。それに伴い私も久留米絣の複雑な工程をなんとか理解し、彼らから飛んでくる難解な質問に答えようと、下川さんを質問攻めにする日々だった。結果的に「Opening Traditions」と名付けられたコラボレーションからは、久留米絣の常識から外れたとても大胆で画期的なデザインが生まれ、いまでもMONPEの生地として織られ、私は日々そのMONPEをはいている。
「織物はコミュニケーションツール」
下川さんはその後、海外とのコラボレーションを加速させ、デザイナーや学生たちのレジデンスやインターンシップも積極的に受け入れてこられた。
私は九州、特に福岡という土地の地域性として、保守的すぎないというところが強みだと思っている。外のものでも、怖がらずにとりあえず、受け入れてみること。そこに変革の種があり、しなやかさの軸がある。古代からアジアへの玄関口として、中世にはヨーロッパとの唯一の交易の窓口として、九州は常に外界との接地面であった場所だ。私たちが「国」と思っているものは、概念であり実体があるわけではない。境界は、変動であり曖昧である。だからこそ、人は「内」と「外」とわかりやすいものを求め、世界を区切って理解しようとする。
「織物はコミュニケーションツール」と語る下川さんは、そういう境界を、経糸緯糸=Warp and Weftの共通言語があれば、いとも簡単に超えられるということを、体感されたんだろうと思う。異文化との出会いは、とても大切だ。訪れる人、受け入れる人、双方にとって意味のある出会いをいかに増やしていけるかが、私のミッションの一つ。
復帰後、偶然にも毎週のように訪れている下川織物であらためてそんなことを思った。

UNAラボラトリーズ 渡邊
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