新川桂
新川桂株式会社は原綿問屋として寝具用原材料の卸販売や、布団類の製造を行うメーカーです。1966年、福岡県筑後市に初代の新川桂之助さんが新川桂商店を立ち上げ、九州一円に寝具の原綿の卸販売をはじめたのがきっかけです。その後1988年に新川桂株式会社を設立。布団やラグマットなど寝具関係の加工製造も開始し、ものづくり分野の幅を広げています。また、同地域ではんてんを製造する宮田織物との関わりがあり、はんてん素材の要ともいえる中わたを提供しています。創業当初はどの家庭でも一般的だった木綿布団の打ち直しや、布団の中綿足しを現在も行なっており、長く使用した布団の中わたをほぐしながらゴミや塵などを取り除いて、新品のようにふっくらと中綿を再び膨らませる技術があります。さらに、質の良い眠りとは何かを追求するべく睡眠診断士の資格を取得し、寝具づくりへと活かされています。
■ 歴史:稲や藁から綿の布団へと進化 九州の綿屋から布団屋へ
現代の私たちが思い浮かべる木綿綿入りの「布団」を一般庶民が使うようになったのは、昭和以降です。縄文・弥生時代から戦国時代頃まで、農村部などでは「むしろ」や「ござ」のような稲や藁を編んだ敷物に横になっていたと考えられています。明治時代に入り、安価な外国産の綿が入るようになってから、一般庶民にも綿の布団が普及しました。昭和の戦前までは布団は家庭で仕立てるものだったため、「布団屋」ではなく「綿屋」が主流であり、古い綿の打ち直しなども貴重な収入源だったそうです。新川桂株式会社も、戦後、大阪が本社であった新川綿業が筑後市に分工場をつくり、配給の反毛と落綿をブレンドした製綿を九州の寝具専門店へ販売していたことから始まります。1966年には、新川桂之介が新川綿業から独立し、原綿問屋「新川桂商店」を創業。当時は九州全土に寝具の原料をおろす問屋でした。その後寝具の製造も始め、1988年新川榮一が「新川桂株式会社」を設立、現在は息子の新川洋平さんが代表を務めています。
■ 土地性:製綿から寝具の仕立てへ 筑後の織元とも協働
新川桂株式会社のある福岡県南部の筑後地方では、江戸時代、少量ながらも綿花が栽培されており「有馬木綿」と呼ばれる織物も生産されていました。しかし時代が移ろうとともに海外産の輸入が増え、現在の木綿わたの原料は99.9%が海外産だと言われています。新川桂株式会社も創業当初は戦後、綿の輸入もままならない時期であったため、反毛や落ち綿を中わたに加工したものを布団屋さんへと卸していたそうです。当時は、原綿問屋として寝具専門店が取引相手だったため、製綿した商品を安定して納品することが大切でしたが、現在は寝具店としても直接お客さんの要望を実現し、より良い睡眠の提供という目標を掲げています。また、同じく筑後市の宮田織物と共同で、綿入れ袢天に独自ブレンドの中綿をで開発したり、新川桂株式会社の地元織りシリーズでは、寝具の地産地消を目指して宮田織物に織ってもらった綿100%のツムギ生地を使用するなど、綿の品質にこだわった展開をしています。
■ 素材:寝具屋としてだけでなく、綿屋としてのこだわり
そもそも木綿わた(コットン)は植物からでいる繊維なので、「棉(わた)」という言葉は植物として種もついている状態を、木へんを使って表します。それを機械にかけて不純物を取り除き、撹拌させてふんわりと繊維の方向を整える「製綿」を経て、糸へんで表す「綿」となるのです。その他にも通常、布団や袢天の中身になる綿(わた)には、真綿(シルク)、羊毛(ウール)、麻(リネン)などの天然繊維、ポリエステルやアクリルなどの合成繊維、さらにそれらのブレンド素材が使われます。その中でも、新川桂株式会社はインド産のデシ綿の他、アメリカ産、メキシコ産の木綿わた(コットン)にこだわっています。繊維が太く短いことが特徴のデシ綿は、肌触りの良さや、吸湿性はもちろん、静電気がおきにくく、ふっくらと戻る「嵩高(かさだか)回復性」があらゆる繊維の中でも特に優れているコットンなのだそうです。さらに、中身の見えない寝具でもひと目で安心できる品物だと分かるよう、九州では2社でしか認められていない日本綿業振興会の「コットンマーク」で、良質のコットンを100%使用していることを示しています。
■ 技術:農作物であるコットンに向き合い、お客さんの「感覚」を実現
ポリエステルのような合成繊維は全ての工程を機械で行うことができますが、天然繊維であるコットンは手仕立ての過程が不可欠です。コットンは農産物なので、同じ品種でも毎年の出来によっても繊維の長さが異なり、ふっくら感やフィット感が全く変わってしまいます。職人は、産地によって変わる綿の匂いにまで気づくのだそうです。だからこそ、安定した品質の中綿にブレンドするには、職人の長年の経験と勘が重要になります。例えば和ぶとんのオーダーメイドでは、お客様の好みの仕上げにするため、布団の生地を裁断から、縫製、わたの繊維の方向を一枚一枚交互に重ねて調節、キルティング加工までを全て手仕事で丁寧におこないます。機械での製綿後、職人の手で行う綿入れの作業は一人でおこなう製造所が多いそうですが、技術継承のため、新川桂株式会社では仕立て歴30年の職人と若手が二人一組で行うと決まっているそうです。綿と真摯に向き合い、お客さんの好みの感覚を、職人の感覚で再現できる技術を追求しています。
■ 思想:良い睡眠のための、良い布団を追求 打ち直しで古い綿も生き返る
人生の3分の1の「豊かな睡眠」が残りの3分の2の「活動」を豊かにすると考え、新川さん兄弟はお客さんが快適で安心した睡眠が摂れるものづくりにこだわっています。それは、かつての寝具専門店へ綿を卸す仕事が中心だった時代から、寝具の仕立てもおこなうようになり「良い布団とは何か?」という疑問を追求したことで生まれた信念でした。原綿問屋であり寝具メーカーでもある新川桂株式会社では、どんなに高級な布団でも「良い睡眠」に繋がらなくては意味がない、と考えます。また、古い布団の綿を再度ふっくらと生き返らせ、新品のように仕立てる「打ち直し」は、綿が貴重だった時代に大切に扱っていたからこその文化です。化学繊維や輸入に頼れるようになり、綿が昔に比べて入手しやすくなった現代だからこそ、新川さんはこの「打ち直し」も継承していこうと考えているそうです。原料であるコットンの良さをそのまま寝具にした新川さんの寝具は、こうして科学的にも謎の多い「人間の睡眠」を支えています。
※あくまでもうなぎの寝床が解釈する、つくりてのものづくりへの思いや思想です。
参考文献
新川桂株式会社公式HP、新川桂株式会社公式Instagram、Made in Earth 鴨川和綿農園を尋ねる
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