【つくりて訪問記】丸久商店 | 日常の布に宿る、職人世界。東京本染注染のある風景。

染物はいつも、水のそばから。

「なんだ、これは!」

はじめて見る光景で、到着してすぐ目が釘付けになった。 

まるで、ゲゲゲの鬼太郎の一反もめん。しかも大群で、ひらひらと高台に干されて風に舞っている。ここは、東京・足立区の旭染工丸久商店が染色を依頼している協力工場のひとつで、都内では最も大きな染工場です。関東では「伊達(だて)」と呼ばれる、反物を干せる高台がどこの注染工場にも必ずあり、ちょうど、精錬(染色前の白生地の下ごしらえ)された反物を天日干しで乾燥させているところでした。自然乾燥すると、布の繊維がつぶれず立っているので、染料の浸透がよくなるそうです。 

水をたくさん使う染工場は大抵、川のそばにあるそうで、都内では江戸川、隅田川、荒川のある区を中心に染められていて、こちらの工場のすぐ裏手にも、埼玉から東京にかけて流れる綾瀬川が見えました。今は地下水ですが、昔は川の水で洗っていた時代もあったそうで、水とともに染物の仕事が育ってきたことがわかります。

 

注染の浴衣、手ぬぐいができるまで

歩きすすめると、2階建ての作業場がありました。床にいくつか布を行き来させる穴が空いていて、ちょっと忍者屋敷みたいです。さっき見た一反もめん達するすると巻き上げられていきます。生地の長さは1反あたり約12m。いつも見ている手ぬぐいは、短くカットされたもので、最初の姿はこんなに長いのかと驚きましたここは、生地巻という工程で、シワが入らないように布目を整えて、機械でまる巻きされていました。

張り付き防止のために撒かれたおがくず

さらに奥進むと、足元におがくずが敷き詰められた部屋で、職人さん達が木枠を前に生地の型付け(糊付け)をされていました。生地巻工程で棒に巻かれた白生地を解いて広げ、木枠につけた型紙を置いて、その上から防染糊をつける。生地を折り返してまた型紙を置いて、糊をつける。この作業を繰り返して生地を糊でサンドイッチ状態に折り重ねて行きます。

中でも差し分け染め」という多色の染料で色分けする方法は、型付後の布に糊を入れた筒で色別に糊の堤防をつく、染料が混ざらないように、1色ずつ流し込む技法です。面積の小さい部分に差し分けるには熟練の加減が必要です。

型紙にける糊にはでんぷん糊と、海藻糊があり、染料や生地、柄の細かさ、線をシャープにするかなどで使い分けます。糊や染料は、コロナ禍の影響で供給網が変わりました。それにより染工場も配合のレシピの変更を余儀なくされたそうです。 

紺屋こうやと呼ばれる染め場では、生地が置かれている染付台に網が張られ、染料を下から吸引できるようになっていました。そそぎ器の薬缶(やかん)やじょうろで液を注いでは、足踏みペダルを踏み、注いでは踏みを丁寧に繰り返します。 
 
真剣な眼差しと繊細な手加減に、見ている自分たちも息を呑む光景。土手から染料を溢れさせないように、1滴1滴、置くように注いでいく。「ふう、終わった」と思ったら生地が裏返され、また裏も同じように染めていきます。

染色が終わったら、空気に触れさせてしばらく放置して、酸化発色させたところで水洗い。械と人の手を両方使って、バシャバシャと振り洗い糊や染料を洗い落としますその後、脱水機にかけた後は天日干しこのあたりのローカル番組では、染め上がった色とりどりの反物がたなびく風景が、夏の風物詩として例年、取り上げられているそうです。 

 

文化をつなぐのは、人の手。 

工場には若い職人さんの姿がありました。聞けば、自らやりたいと集まってきた人達だそうで、いくつものものづくりの現場で後継者不足の課題を耳にする中、扉を叩く若者がいることが見えたことに、希望を感じました。

一方で、注染を支える道具に目を向けてみると、型紙も欠かせないものです。美濃和紙を柿渋ではり合わせた渋紙に、絵師が図案を描き、型彫り職人が彫り上げてできるものですが、コロナ禍をきっかけに、この工程が関東の中では完結できなくなりました。現在は、三重県の白子、鈴鹿でつくられています。他産地からの仕事も集中していることから、問屋である丸久商店でも、現代の印刷・カット技術と手の仕事を組み合わせた、新しい型紙づくりに挑戦されています。 
 
今回の工場見学を通して、1枚2,000円ほどの手拭いの中に、江戸の文化や、染めの営み、手染めの技術がぎっしり詰まっている知り、何気なく使っていたものの見え方が変わった気がします 
 
東京の注染は、2023年に「東京本染注染」として、経済産業省指定の伝統工芸品になりました。文化はほっておいても残るものではなくてそれぞれの時代の誰かが都度試行錯誤してきた結果がの注染として目の前にあるのですさまざまな課題がある中で、どうすればこの営みが先の未来に残るのか、答えはわからないままです。ただ、知ってしまった以上これはもっと知られてほしい!」という思いがきあがっています。つくりてだけはなく、つかいての自分達もまたその価値を知り、手に取り続けること。今の自分にできることは、そこからだと思っています。 

八女本店 田中 

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