土地の色を写す、奄美の黒 / 金井工芸 【MONPE Limited Edition 染め】
鹿児島本土と沖縄本島のほぼ中間。豊かな自然環境と独自の歴史、またそれらによって育まれた固有の文化が息づく島、奄美。金井工芸は、その地に根ざす織物、本場奄美大島紬の「泥染」を担う染色工房です。古来より奄美に伝わる「泥染」とはなにか。その営みとこれからの風景を、金井工芸2代目 金井志人さんに尋ねます。
このコラムは「MONPE Limited Edition 染め」に関連する特集記事です。
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「泥染」ってなんだろう?
泥染とは、奄美大島で行われている天然の染色技法です。奄美に自生する車輪梅(テーチ木)を煮出した染色液と、泥田の泥で染め重ねることで色を表現します。車輪梅に含まれるタンニン酸と、泥の中に含まれる鉄分(酸化第2鉄)が化合し茶褐色から黒色へと変化。大島紬ではこれらの工程を80回以上重ねることで堅牢で深い黒となります。
金井工芸のある龍郷町は、約150万年前の粘土地層から鉄分を多く含む泥が地表に分布しています。上流から水が注ぎ込みミネラルが滞留する山裾に泥田が作られ、その泥を使います。草木染めに使用する植物は自分たちで採集。島民の庭の剪定をしながら頂くこともあるそうです。
地表に現れた泥。自生する草木。泥染はすぐそこに、確かに存在する”自然”を借りることで営まれる染めと言えます。
車輪梅はバラ科に属する常緑低木。テーチ木は車輪梅の奄美方言。亜熱帯地方の山野・海辺に自生する。本州の高速道路の側溝にも植えられていることがあるらしい。
採集した車輪梅。テーチ木染めは木の幹を使う。
木の幹をチップ状にし、10時間以上煮込む。煮込んだチップはそのまま次の煮出しの燃料になり、灰は藍立てや肥料になる。”資源の循環”が当たり前のように行われている。
車輪梅を煮出した染色液。発酵の具合によって泡の形が変わる。
車輪梅の染色液を鍋に注ぎ入れて揉み込む。3〜5分揉み込んだら石灰を加える。石灰は接着剤のような役割で、車輪梅染色液(酸性)と石灰(アルカリ性)が中和することで繊維に定着する。昔は石灰として焼いたサンゴを砕いて使っていた。
奄美では「染める」ことを方言で「うつ(打つ)」とも言うらしい。「当時の人は手で揉み込んでいく染めのやり方を『太鼓を打つ』ような感覚に近いものとして捉えていたのかも」と金井さん。言われてみると金桶が楽器に見えてくる。
泥染をする泥田。大きな水溜りのような、小さな湖のような場所で染める。
泥田の中には小さな生き物も住み着く。「彼らがいない日は場所を汚してしまったんだなと反省する」と金井さんは言う。
泥染のあとは工房から車で10分ほどの川で水洗いを行う。「川へ洗濯に」という現代では当たり前じゃない光景。奄美の水質は泥田と同じく鉄分を多く含む。染めから洗いまで、全ての工程があって奄美という土地の色ができる。
追えない歴史と見えない何か
奄美で受け継がれる「泥染」。しかし、その発祥は諸説あり、未だ明確にされていません。奄美は歴史上、その豊かな資源から15世紀中頃から琉球王国に支配され、16世紀には薩摩藩の侵略により藩の直轄領となりました。そうした統治の歴史があることが、史実を追えない一因なのではと金井さんは仰っていました。
泥染のプロセスにおいても同じことが言えます。化学的な解説では、車輪梅に含まれるタンニン酸と泥に含まれる鉄分の化学反応によって色が繊維に定着する現象(媒染)ですが、そこには車輪梅の染色液や泥田にいる菌の働きや、水中に含まれるミネラルなど、土地の様々な要素が混ざり合うことでこの色が生まれています。今の科学では説明のつかない事柄も多くあるようです。
史実にはない、目には見えない、けれども色として現れる。奄美に存在している泥染という営みを、島の人は自覚し、あるがままに認めているように私は思いました。理屈でなく、体感として泥染が受け継がれていることが興味深いと感じます。
「遊びの力強さ」に還っていく
“工芸品”って割と現代の考え方なのかなと僕は思っているんです。後々の人がそう呼ぶようになったのかと。伝統工芸品といえど、最初は誰かが発見したもので、それをやり始めた人はきっとすごい変わり者だったと思う。そういったアプローチを続けていくこと、形を守るんじゃなくて、そのスタンスを守ることが伝統工芸に必要な部分だと思う。 個人の遊びみたいなものから始まったものに力強さを感じる部分がある。
大島紬はその独自の染色表現と精密な文様の美しさから、世界三大織物の一つにも数えられます。それもひとえに”伝統工芸”として、産地で技術を高め続けてきたからこそだと思いますが、確立された体制の中では個人の考え方は反映されにくいと金井さんは言います。それでも始まりは個人の素朴な発見にあり、あくまでも個人の遊びが最終的に産地へとつながっていくと言う考え方にとても共感しました。
大島紬が産業化できたのは、土地の資源・素材があったから。産業化した中で改めて産地と向き合ったときに、やっぱり『あるものでつくっていく』というところに還元していくのではと思っています。今決められている奄美の泥染の定義は車輪梅と泥だけど、ひと昔前にはもっと色々な植物の泥染があったはず。
金井工芸では、泥染の基本である車輪梅×泥だけでなく、島で採れる様々な植物を使った草木染めを掛け合わせた泥染にも挑戦されています。今回製作していただいたMONPEは、車輪梅と泥だけでなく、藍やログウッドでの染色も重ねています。藍泥は奄美で金井工芸が初めて取り組んだ染色の一つ。ログウッドはコロナ以降に閉業された工房からたまたま譲っていただいたものだそうです。
僕らが意図的にそれを求めたんじゃなくて、もうすでにそれが奄美にあったっていうのも、なんかちょっと面白いなと思って。
山や海のおかげだと知り、偶然性を受け入れ、手元にある物事から新しい何かが立ち上がる。金井さんの言う”遊び”が1本のMONPEに詰まっているように感じます。
土地の色を写す、奄美の黒
今回金井工芸に染めて頂いたMONPEは、藍、ログウッド、車輪梅、泥による染色を30回程度重ねて色を表現しています。奄美という土地、泥染という生業、そしてその今を担う金井さんの活動がMONPEに色濃く映った一本です。
MONPE Limited Edition / 金井工芸
38,500円(税込)
Farmers’ MONPE Limited Edition / 金井工芸
価格 :39,600円(税込)
※数量限定のため「抽選」での販売となります。詳細はこちら
「染め」という営みと風景
「ネイティブスケープ」を体感するMONPE
うなぎの寝床では、その土地固有の文化と物語を重んじながら未来へと繋いでいく人々がいる風景「Nativescape(ネイティブスケープ)*」を考えてきました。
過去から繋がってきた営みを、今いる人たちがどう解釈し、どう表現するのか。今回は、様々な背景を持って「染め」に携わる3人のつくりてにMONPEを染めて頂きました。それぞれのつくりての表現を、またその先にある「Nativescape」を、MONPEを通して体感していただけたらと思います。
*Nativescape (ネイティブスケープ)
「ネイティブ(その土地固有の)」と「ランドスケープ(風景)」を足した造語。うなぎの寝床では、土地性・歴史性を重んじ、未来に対して思考し続ける人が、営みを持続しながら活動する風景をネイティブスケープ(NATIVESCAPE)として定義します。
取材:荻野