【仕入れのこと】 バイヤー 春口、ムーンスターを視る

100年の歴史を軽やかに履こう
キャンバスシューズという定番

2023年10月にムーンスターは創業150年を向かえました。ムーンスターは靴作りを一貫生産している工場として、社内の各持ち場に職人がいて品質の高いものづくりをしています。1社で工程の全てを行っているからこそのノウハウがあり、社内で品質を高めるやりとりがなされて次の靴作りに生かされています。代表的に語られるヴァルナカナイズ製法は、現在では日本で3社しかできる工場が残っていない製法で、人の手がかかる製法でありながらも大事にその価値を繋いでいます。

本格的にキャンバスシューズやゴム長靴を作り始めたのが1925年なので、ほぼ100年になります。あまり意識しませんが、スニーカーも歴史ある伝統工芸と同じようなものづくりの一つとして捉えることができます。100年のあいだ、生活に即して変化をさせながら日常を支えてきました。でも、その歴史の長さを忘れてしまうほど日常の中に当たり前に溶け込んでいるスニーカーを見ていると、すでに100年も続いているという驚きと同時に、伝統や定番ってなんだろう?とも考えさせられます。

ある時代の最先端が今なお継続しており、ひとつの地位を獲得して歴史を塗り替えて生き続けています。確かな技術と質と時代性、ムーンスターが向き合っているものづくりの姿勢そのものが定番かもしれません。さて、次の100年はどうなるでしょう。

 

実は近くにあったムーンスター

ムーンスターの記憶は中学校の指定靴で、通学も運動も真っ白のジャガーΣ。その後はD&DEPARTMENTの60VISONという取り組みを見かけて思い出し、2009年頃から久留米に住み始めて工場の近くを通って、「あーここにあるのか」と改めて認識しました。今は閉館してなくなってしまったムーンスター本社の入り口脇に佇んでいた”つきほし歴史館”にも立ち寄って、ムーンスターの歴史や世界の靴の展示などを見て楽しんでいました。その当時はまだうなぎの寝床をするとも思っていなかったし、今取り扱っているFINE VULCANIZEDなどのシリーズも影すらありませんでした。

久留米市に住むまで全く知らなかったのですが、久留米市はゴム3社と呼ばれる、ムーンスター、ブリヂストン、アサヒシューズがあるゴムの街と言われています。引っ越して間もなかった頃に久留米の街を探索していて、何か面白いものがないかなーとフラりと立ち寄った商店街の金物屋さんで、刃先が反った見たことのないハサミを見つけました。何用か気になりレジ奥のおじいさんに尋ねてみると、「ゴムを切るハサミばい!」とのこと。よくよく聞くと靴作りの際に発生する無駄なバリ(出っ張った箇所)を切る道具ということがわかり、街の金物屋に文具や料理のハサミなどと同じ並びで平然と売られているのに驚きがありました。このような形でゴムの街を感じられる場面に出会うとは思ってもみませんでした。それからは近隣の市町村の街中でも”月星”や”つちやたび”の古い看板などを見かけ、なにかと身近に感じる機会がありました。

それから何となくムーンスターを意識して自分も履きたくなるような靴があるといいなーと眺めつつも、子供やシニア向けの靴は充実していましたが、20代の私が日常履きしたくなるような靴がなく、昔履いていたジャガーΣを履いてみるかーと考えていただけで購入までは至っていませんでした。その頃に偶然見に行った『デザイニング展』(2010年/福岡市)という展示会で、ムーンスターが『焼き物みたいな靴展』と銘打ち、日本に3社しか残っていないヴァルカナイズ製法の靴作りの価値を再定義してシンプルな靴の試作を展示していました。それがファクトリーブランドである “Shoes like pottery”や今のムーンスター名義でmade in KURUMEの印が入ったFINE VULCANIZEDシリーズの前身になる動きでした。

それから2年後の2012年にうなぎの寝床を開店し、ムーンスターのスニーカーを仕入れ始めたのは2013年。FINE VULCANIZEDシリーズが始まった当初から取り扱いをさせてもらっています。その後はCHIC INJECTION、SYNERGY CRAFTS、 SKOOLER 、810sなど、もともと持つ技術や歴史を再解釈して現代のライフスタイルに合わせた商品開発を行い続けています。うなぎの寝床では、技術や製法の特徴、歴史、未来へむけた取組みなどのいくつかの視点から、会社や靴づくりの一端を捉えられないかと考えてそれらの靴を選んで紹介しています。

 

地域文化はどこにでもある

さて、そのムーンスターはゴムの街の一角を担う企業として、長年地域社会の日常に溶け込むものづくりをしています。夫婦で仕立てた座敷足袋づくりからはじまり、1920年にアメリカ製キャンバスシューズをヒントに日本初の地下足袋づくりへと発展し、その流れからスニーカーづくりへと変遷してきました。用途によって、部位ごとにゴムの配合を変え、耐久性やクッション性、防滑性、シルエットなど、安心・安全に履ける靴を研究・開発・試験をしながら作り続けています。その靴作りですが、靴のデザイン・製造、ゴムの研究・開発、金型などの金属加工、検品、梱包など、大きな工場の中で最終形態の靴になるまでに多くの人の手が関わっています。

靴を大きく2つの部分に分けるとアッパー(上部)とソール(底部)になります。アッパーは製甲工程と呼ばれ、布や革などの生地の選定や加工(耐久性を増すためのゴム引き加工など)、裁断、縫製の技術で形が作られます。ソールは製法により異なりますが、ヴァルカナイズ製法ではソールとなるゴムを練って板状にしたものを裁断し、そのパーツをアッパーに貼って組み立てたものを加硫します。インジェクション製法ではアッパーを型入れした状態で機械にセットして、ソールとなる部分の金型に素材を流し込み固められて作られます( 詳しくは「うなDIGTIONARY #4」へ )。他にもセメンテッドやマッケイなどの工法を用いてアッパーとソールを一体化させます。それらはデザイン、構造、コスト、生産量などにより選択されます。……掘れば掘るほど出てくる靴作りの話、情報過多になりそうですね。だんだんと細かい話になってしまうのでこのあたりで締めたいと思います。

子供の頃からお世話になっていたムーンスターにこんな形で関わることは想像していなかったし、語ることになるとも思っていませんでした。学校の指定靴、これだけ地域の多くの人々の中に溶け込み関わりが深いものづくりもあまりないと思います。地域文化とはなんだろう?と言う視点においても、色々な側面を持つムーンスターです。靴としてだけではない、新しい一面の発見にもつながればと嬉しいかぎりです。

バイヤー 春口

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