【空飛ぶ刺繍 000】 後編:トリプル・オゥから考える「未来の刺繍」

「布の上」から放たれる
アクセサリーとしての刺繍の誕生

「刺繍」の技術から誕生した、新たな糸のアクセサリー「トリプル・オゥ」

普段目にする”靴下のワンポイント刺繍”など、布の上を装飾する今までの刺繍とは異なり、布という面から離れることで「アクセサリー」としてのカタチを成しています。

「どうして刺繍でアクセサリーなのか?」
「なんのための刺繍なのか?」

前編では、「刺繍のこれまで」について見ましたが、後編では「刺繍の今」と「刺繍のこれから」について、トリプル・オゥの事例から考えていきます。

前編はこちら→ そもそも「刺繍」ってなんだっけ?

【POPUP】 空飛ぶ刺繍 「トリプル・オゥ」at 旧寺崎邸

 

「言われてつくる」じゃ生き残れない時代

前編で話した「機械化」と「分業体制」によって、それぞれの分野が専門的に技術を高めてったように、刺繍の技術も発展し続けています。その一方、現在は「言われたものを作ればいい」という時代から、「自ら価値を創っていかなければならない」時代へと変化しているのも事実です。

刺繍屋さんで言えば、依頼主から出来上がった布や服地を預かって刺繍を施すというサイクルが一般的ですが、もちろん刺繍の依頼が減れば仕事として続けていくことは難しくなります。安価な海外製品との競合、刺繍がどれほど生活に必要とされるかなど、向き合わなければいけない課題はたくさんあるようです。

生業として生き残っていくために、今まで続いてきたものを守るだけでなく、今までにはない新しい価値を生み出していくことが、様々なものづくりで求められています。

 

「新しい刺繍の形」を模索
「布の上」から離れるという発想の転換

布の上から離れた刺繍「カサモリレース」の開発

「トリプル・オゥ」を手がける株式会社笠盛は、奈良時代から織物づくりが続く群馬県桐生市で、1877年に着物の帯をつくる織物業として創業。1962年にジャカード刺繍機を導入して刺繍業に転身しました。和装刺繍や靴下の刺繍から始め、企業からの様々なニーズに応えながら独自の刺繍技術を確立しますが、生地の預かり加工だけでなく、「自ら価値を生み出さるもの」を作らなければと模索するようになります。

何度も言うように、刺繍の仕事は生地を預かって刺繍するのが一般的。
「もし、生地に直接刺繍せずに、洋服に後からつけてもらうことができたら…!」
そうした発想から、2006年には刺繍だけで形が成立する刺繍「カサモリレース」 を開発します。

どうして布から離れた刺繍ができるのか?秘密は「水溶性の不織布」という布にあります。水に溶ける特殊な布に立体的な刺繍を施し、その後水に通すことで刺繍だけが残るという独自の技法を構築。刺繍という組織だけで形を保てるように図案を設計し、機械にはできない細かな作業は人の手を経て完成します。

これまで培ってきた技術を用いて「新しい刺繍の形」を模索する。新たな発想と実験的な取り組みが、「トリプル・オゥの誕生」へとつながっていきます。

 

糸の「やさしさ」、刺繍の「美しさ」
金属にはできないアクセサリーの実現

「刺繍で、立体のアクセサリーを作れないだろうか」

カサモリレースを経て生まれたこのアイディアは、制作面では前例がなく、社内の職人からは口々に「できるわけないよ」とも言われたそうです。しかし、「実現すれば絶対に良いものになる」と信じ、刺繍のアクセサリー開発を続けました。

金属が主な構造を担っているのが一般的なアクセサリー。だからこそ煌びやかな装飾を施すことができますが、重さで肩が凝ったり、金属アレルギーで肌に合わない場合があるなど、万人が楽しめるものでは実はないのかもしれません。しかし、これが刺繍で実現できれば、金属にも劣らない輝きを持ちながら、糸という素材の特徴(軽さ、肌へのやさしさ)を活かしたアクセサリーができる。これまで身につけられなかった人も気軽に楽しめるという未知の可能性を秘めていました。

「ブランドをつくる上で一番大切なのは、技術を活かすことではなく、より良い未来をつくるための困り事を探してそれを解決すること」と片倉さんは言う。

「物を開発しようとすると、どうしても自分たちの得意な技術に頼って、そこを起点に発想してしまいます。それだと『刺繍を使ってクッションカバーをつくろう』とかそういう話になってしまう」

「世の中に必要だという役割が見えてくると、今はできなくても、できるようになったら喜んでくれる人がいると思える。それが諦めない理由になる。だから技術開発をするんです。得意なことから考えていたらこの商品は生まれませんでした」

引用:湯けむりフォーラム

技術に依らず、既成観念に囚われず。困り事を探し、自分たちがそれを解決できるかどうか。そうした発想をもとに開発を進める中で、糸という素材の優しさと刺繍の美しさを活かしたアクセサリー「トリプル・オゥ」が誕生しました。

 

誰かの思いや悩みに応える
それが明日の地域文化になるのかもしれない

「前編:そもそも「刺繍」ってなんだっけ?」では、刺繍の歴史を振り返り、その時々の人の「欲望」や「思い」によって刺繍が様々な役割を果たしたことを見てきました。

こうした文脈の中でトリプル・オゥを捉えると、同じように誰かの「思い」や「悩み」に応えるようにして、新しくモノが形作られていることがわかります。モノが生まれるきっかけは、私たちのすぐ足元にあるのだろうと思います。

トリプル・オゥは「布の上を飾る」という刺繍の大前提から一旦離れ、アクセサリーとして刺繍が活躍できる場を広げたことで、刺繍としての新たな可能性を生み出しています。歴史や産地の技術を受け継ぎながら、今生きる人の生活や視点がものづくりの未来をつくっていく。トリプル・オゥの刺繍は、これまでの刺繍が社会で役割を担ってきたのと同じように、明日の、そして未来の地域文化になっていくのかもしれません。

 

荻野

 

<参考文献>

トリプル・オゥ HP 「特集記事『000の原点』」

湯けむりフォーラム「【熱源な人】ものづくりの街・桐生で伝統の先に革新を生み出す刺繍アクセサリーブランド『000』マネージャー・片倉洋一さん」

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