【空飛ぶ刺繍 000】 前編:そもそも「刺繍」ってなんだっけ?
どうして人は刺繍を生み出したのだろうか
刺繍のこれまでを巡る
靴下やシャツのワンポイント、ワッペン、制服に入れた名入れなどなど、生活の様々な場面で見かける「刺繍」。うなぎの寝床では、群馬・桐生産地の刺繍メーカーが手がけるアクセサリー「トリプル・オゥ」の取り扱いを開始しました。
改めて考えてみると、「どうして刺繍が生まれたのか?」「どのように刺繍が使われてきたのか?」など、身近に存在しているものにも知らないことが沢山隠れていることに気付かされます。
「刺繍」についてリサーチしたところ、刺繍は「装飾する」という人間の行為において、時代や場所ごとで様々な使われ方(役割)があったことがわかってきました。今回は、刺繍の起源や担ってきた役割、その変遷について巡ります。
【POPUP】 空飛ぶ刺繍 「トリプル・オゥ」at 旧寺崎邸
後編はこちら→ トリプル・オゥから考える「未来の刺繍」
刺繍の起源
糸と針で美を見出す「原始的な行為」
「ツタンカーメン」の墓からも刺繍が出土した
出典:Wikimedia Commons
刺繍の歴史は古く、衣類に最初につけられた装飾文様は刺繍であったと言われています。人類が最初に用いた衣は、木の葉や皮、獣の皮をつなぎ合わせたものだったようです。その服になる前の素材を「糸と針」で繋ぎ合わせる「縫い」に美的価値を見出し、次第に装飾として発展していったものが刺繍の起源ではないかと考えられています。
その発祥は明らかにはなっていませんが、紀元前1300年頃のエジプトのファラオ「ツタンカーメン」の墓からリネン布に施された刺繍が出土したり、紀元前300年頃と推定される刺繍がペルー海岸の墓地から発見されるなど、大昔から世界各地で取り組まれていたと考えられています。
「祈りの行為」としての刺繍
『刺繍釈迦如来説法図』 / 700年代
出典:ColBase
日本の刺繍は、5世紀頃にインドから中国を経由して仏教とともに伝来した「繍仏(ぬいぼとけ:刺繍によって仏像を表現したもの)」が起源と考えられています。
目には見ることができない仏様の世界をカタチに残すために、刺繍が用いられました。飛鳥時代から鎌倉時代にかけて描かれた曼荼羅(まんだら)では、仏の姿を描いた刺繍が数多く現存しています。
ひと刺しひと刺し無心で縫っていく刺繍という行為は、読経や写経と同様に、死者の冥福を祈る「追善」や、よい報いを招くために功徳を積む「作善」の意味が込められ、「祈りの行為」として取り組まれたようです。
「権威の象徴」としての刺繍
左:『陣羽織 萌黄繻子地獅子模様』 / 1500年代
出典:ColBase
右:『バース伯爵夫人の肖像画』 / 英国・1580年代
出典:Wikimedia Commons
日本では奈良時代から、貴族や武士の衣服に刺繍の装飾が見られるようになります。朝廷内で働く役人の官服、武士が戦で身にまとう「陣羽織」などに多用され、特に桃山時代には男女問わず華やかな刺繍の衣装が身に付けられるようになります。刺繍は自らの美意識や威厳を誇示する手段の一つになっていたと考えられています。
また、上流階級の富や権威を示す装飾として刺繍が用いられたのは日本だけに限らず、世界中の様々な時代や地域で見られています。
富や贅沢だけでない
「実用」としての刺繍
子供用就寝敷物 / 1800年代後半
出典:Wikimedia Commons
刺繍はさまざまな文化にわたって権力と地位の象徴として用いられた一方、「実用性」から発展した刺繍文化もあります。
例えば、江戸時代に発祥したと言われる日本の「刺し子刺繍」は、装飾としての幾何学模様のみならず、衣服や布の強度を高めるために使用されたと考えられています。衣類の摩耗箇所を補強したり、薄手の生地を重ねて暖かさを補完したり、使い古された生地をつなぎ合わせてもう一度活用するなど、貴重な綿製品を最後まで大切に使い切る「知恵」として刺繍技術が発展しました。
刺繍の「機械化」→「大衆化・専門化」
ドイツ製手刺繍ミシン / 1890年代
出典:Wikimedia Commons
それまで膨大な手間と時間がかけられていた手刺繍。産業革命後は「刺繍ミシン」が発明され、刺繍の量産ができるようになり、安価になったことで庶民の生活にも刺繍が浸透するようになりました。
また、機械化が進んだことでものづくりの工程は細分化され、産業全体での「分業体制」が確立されていきます。テキスタイル生産の中で、刺繍は「出来上がった生地を装飾する分野」として専門的な技術を高めていきます。
ワッペン、アップリケ、チェーンステッチなどなど
ワンポイントだけじゃない、多種多様な刺繍
出典:株式会社笠盛
「欲望」や「思い」
人とモノから見える地域文化
今回は刺繍の起源やその役割と変遷を見ていきました。
刺繍は糸と針を用いて装飾を生み出す原始的な行為として生まれ、時には神様に祈りを捧げ、時には自らの地位を示すために、時には自らの衣を補強するためにと、その時々で様々な役割を担ってきました。その後、機械化が進み大衆にとっても身近な存在となり、現在まで刺繍の装飾性は広がり続けています。
刺繍の歴史を振り返ると、装飾したいと言う人間の「欲望」があったり、課題に対して何かしたいと言う「思い」が存在するように伺えます。「何かがしたい、何かを解決したい、だからものが生まれる」と言う面では、昔も今もつながっており、だからこそ「モノ」を通して社会を垣間見ることができるのだろうと思います。
過去から現在まで、人類の歩みと共に布や衣服を装飾し続けてきた刺繍。後編では「刺繍が現在何と向き合っているのか」「刺繍の今とこれから」について考えていきます。
荻野
続きはこちら→ 後編:トリプル・オゥから考える「未来の刺繍」
<参考文献>
・銀座もとじ「日本の刺繍文化の歴史~祈りの繍仏から、贅を尽くした服飾装飾、さらに教育へ|知るを楽しむ」
・DOMESTIKA 「The History of Embroidery: From Tutankhamun to the 21st Century」(Youtube)
・Textile Research Centre「Tutankhamun and Decorative Needlework (Egypt)」