【地域のこと/観光協会】 日本酒とトンネル造りの意外な共通点とは。自然との対話から生まれる、土地の味。@高橋商店Yame Rediscovery vol.25

【地域のこと/観光協会】 日本酒とトンネル造りの意外な共通点とは。自然との対話から生まれる、土地の味。@高橋商店Yame Rediscovery vol.25

九州といえば焼酎、と思っている方は多いかもしれませんが、実は福岡・佐賀をはじめとした九州北部は全国的にも有名な酒どころです。福岡だけでも、清酒蔵が約60蔵も存在し、全国5位の多さとなっています。また、北陸などの淡麗辛口の日本酒とは異なり、九州の甘い醤油や料理に合わせた「旨味・甘み」が際立つお酒が特徴の一つでもあります。

福岡南部の八女も昔から酒蔵が多い町で、現在は4つの酒蔵が残っています。今月は日本酒特集として、「喜多屋」と、「繁桝」で知られる高橋商店の二大酒蔵を前編・後編でご紹介したいと思います。

まずは福岡の隠れた名酒「繁桝」を造る、高橋商店さんにお伺いしてきました。私もいつもいただいていますが、九州のお酒の中では割と辛口ではありながら、なんともいえないまろやかさがあって、食事と一緒に飲んだりすると格別に美味しいです。

そんな高橋商店は1717年創業といわれており、初代・高橋六郎右衛門により八女で開業されてから、すでに300年の歴史を重ねています。そんな歴史ある蔵を19代目として率いるのが、高橋家の娘婿として入社した、社長の中川拓也さん(43歳)。まったくの異業種からの酒造りへの挑戦、そして高橋商店が代々繋いできた思いをお聞きしました。

「麹という生き物」と向き合う日々。化学で解明できない奥深き世界。

三重県出身の中川社長は、もともとゼネコンで地下鉄などを通すためのシールドトンネルの建設設計の仕事をしていました。4年前に八女へ移住し、義父である高橋会長や杜氏さんから酒造りを教わりながら、会社を率いています。

「酒造り」と「土木」というと、一見まったく違う職種のようですが、中川社長にとっては「自然と向き合い格闘しながら、造る」という共通点があるのだそうです。

「一 麹、二 酛、三 造り」とも言われるように、酒造りにとっていちばん大事なのは「麹」です。昔から酒造りをする人は酒蔵で寝泊まりをし、人間ではなく麹に合わせた働き方をしてきました。しかし、働き方は時代に合わせて変わります。付きっきりで麹を育てる働き方は、現代ではなかなか難しくなっています。

麹を最大限に良い状態にまでもっていくには、麹の寝床である「室(むろ)」で十分に寝かせないといけません。働き方が人間主体になってからは、十分に寝かし切る前に室から出して、同じ室に次の麹を入れる、麹に完全に合わせられないサイクルになってしまったそうです。

そこで室を2つにすることで、麹がきちんと育つことのできる環境づくりを今回行いました。新しくつくる室は最新の技術を取り入れるのではなく、あえて昔ながらのやり方を引き継ぐことを選んでいます。

それは、70歳を超える熟練者から若い世代へ技術を引き継ぐのに、試行錯誤しながら麹を育てる経験をしてほしいという思いからです。容易にキレイに保てない環境で「麹という生き物」を扱っているんだという自覚を育てます。テクノロジーに頼らないことで、自然が相手、生き物が相手なんだという責任感も引き継がれていきます。

酒造りに不可欠な「水」は矢部川からの伏流水、中硬水です。硬い水を使っているので辛口に仕上がるそう。酒は、その地に流れる水を基本として、水に合わせて麹や造り方が決まっていきます。米も九州、筑後でとれたものを使っているので、酒造りはその土地の自然そのものなのです。

トンネルを掘るという土木の世界も、地層や季節に左右され、自然と真剣に向き合い手を加えていかなければ、大事故にもなりかねない仕事。15年間ゼネコンで働きながら自然に向き合っていた中川社長ですが、新たな生き物として向き合っている麹や酒も、これまでとは違う難しさ・面白さがあるといいます。

酒造りも「発酵」という化学で成り立っていますが、まだまだ化学で解明しきれていない部分も多く、それを探っていくことが面白いのだそうです。結果を大事に積み上げ、化学の外側にある「何か」を体感しながら追求していくことが、高橋商店の酒造りにつながっています。

創業300年だからこそできる、技術革新と新しい味への挑戦

中川社長の義父で18代目の高橋会長は、東京農業大学の醸造科出身で、酒造りのスペシャリストです。会長が蔵に戻った44年前は、灘・伏見を中心とした大手酒蔵全盛の時代でした。そのため九州・筑後でつくるお酒も関西の大手酒蔵に樽ごと卸しているような状況でした。

そこで高橋会長は、大量生産の酒を造るのではなく、少量でも品質を高めて他との違いを追求するという方向にシフトしました。それが現在の繁桝の品質第一のイメージへとつながっているのです。

当時、日本酒の先進地であった新潟へ視察に行った高橋会長はその品質の高さに感銘を受け、八女に帰ってきて、どこよりも早く精米機と貯蔵冷蔵庫を導入しました。丁寧に米を磨くために自社精米にこだわり、低温で安定した貯蔵管理ができるように、一大決心で設備を整えました。

日本酒の世界も、他のものづくりと同じように、この100年で飛躍的に技術革新が進みました。科学の力を借りて、より品質の高いお酒が造れるようになっているのです。伝統ある酒蔵でも、100年前、200年前、300年前造っていたお酒と今のお酒では、味が違って当たり前。その時代時代の嗜好に合ったベストを作っていくことが、酒造りを続けていく上では不可欠です。

現在では、ビールやワインなど、日本酒以外にもたくさんの選択肢があふれています。そんな中で日本酒の消費量を増やすのは難しいことかもしれませんが、「酒を飲むという文化」を残したり、新しい酒の味をつくっていったりという切り口では、まだまだやれることはあると中川社長は考えているそうです。

徹底した地元主義。地に足のついた酒造り

高橋商店の看板商品「繁桝」の味は地元・八女がつくりあげた味だといいます。地元で飲まれていると、飲む人たちも味の変化に敏感になりますし、地元の料理に合う・合わないという情報がダイレクトに手元に届き、酒造りにも反映されます。その循環の中で、自然と地元の人の舌に合うお酒ができていくのです。

中川社長は、それぞれの蔵がそれぞれの地元で、地元の人に飲んでもらえるようなお酒をつくっていくことが大切だと考えています。文字通り地に足のついた
酒造りをすれば、無理して都会に出ていく必要もありません。外から来た人にも、酒と一緒に食文化ごと味わってもらうことができます。それは、外から来た中川社長ならではの思いでもあります。

実際に「繁桝」は9割ほどが九州内での販売で、取り扱い店も昔から付き合いのある地域密着型の酒屋さんを一番に大切にしています。しっかりと知識を持っている酒屋さんを通して、旬のお酒や、好み、合う料理などを教えてもらいながら買って欲しいという思いがあるからです。

さらに、その土地土地の酒屋さんを通して、地元の居酒屋や飲食店へと広がっていきます。居酒屋や飲食店は、その地域の食文化をまるごと体現して味わうにはまさにベストな場所なのです。

八女でも、高橋商店のお酒を丁寧に教えてくれる酒屋さん、そして地元の料理とともに堪能できる飲食店が数多くあります。せっかく八女に足を運んだ際には、ものづくりと併せて、この土地の味そのものを体感できる食やお酒もぜひとも味わってみてもらいたいと思います。

株式会社 高橋商店
福岡県八女市本町2-22-1
電話 0943-23-5101
URL http://www.shigemasu.co.jp

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