【研究まにまに】絣の海は茫洋として
「絣の研究」まずは羅針盤と海図を探しに。
「絣の研究」と一言で言っても、その世界は果てしなく広がっています。足元の久留米絣をとっても、その歴史、各々の工房史、織り機・染料・模様の変遷、地域産業としての経済的変遷など、研究対象になりうるものはいくらでもあります。ましてや絣全体となると…まずはこれまでに発表された研究書や論文を片っ端から読んでいくしかないのですが、読めば読むほど呆然としてしまうというのが正直なところです。
例えば最近読んだものに Texts and Textiles in ‘Medieval’ Java という英語論文があります。軽い気持ちで読み始めたのですが、すぐに、とてもその調子で読めるものではないことがわかりました。これは中世ジャワ(主に9-11世紀)におけるインド洋貿易の船に積載された品々の目録を詳細に分析した論文です。
そこに出てくる、絣を含むさまざまな染織品の種類や名付けられ方、所有者、それを贈られる相手などから、染織品の社会的意味合いが時代ごとにどう変化してきたか検討しています。全体は英文ですが、古ジャワ語、バリ語、サンスクリット語の単語が飛び交い、インド亜大陸から当時の中国・宋まで広範囲がカバーされながら議論が進んでいます。
このような論文を読むと途方に暮れてしまいます。興味深い記述はいくらでもあり、学ぶことは多いのですが、一体自分達に研究としてなしうることがあるのかどうか、わからなくなってしまうのです。
研究には何らかの生の資料が必要で、そのデータの質や分析の手法などによって独自性が担保されます。このような先行研究を調査していくのと同時に、まだ研究されていないデータも同時に探していかなければ、このインド洋のごとき広い絣の海を渡っていくためのコンパスと海図は得られません。今はまだ、砂浜で海を眺めているようなものです。
<本日の論文>
Wisseman Christie, Jan. Text and Textile in ‘Medieval’ Java in Bulletin de l’Ecole française d’Extrême-Orient, 80:1, 1993
・中世ジャワにおけるインド洋貿易の積載染織品を分析し、その社会的意味の時代変遷を議論。
・9〜10世紀:贈答品としての染織品
→ 10〜11世紀:課税対象の商品としての染織品
→ 11世紀半ば〜:個人の社会的地位を示す手荷物品としての染織品
・インド洋貿易における中国とインドの重要性
・古ジャワ語とバリ語における「絣」という単語の比較
・紅花と藍のインドネシアにおける定着(南アジアからの輸入)
・石像に刻まれた模様の絣への影響
・インド染織品のジャワへの影響
and more…
岡本