【考えたこと】つくり手は面白い。そして、思ったより大変である。

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最近は、取材もかね人を作り手の工房へ案内することも多いです。写真は馬場水車場の馬場さん。冬は狩猟などもする(イノシシ)山のことならなんでも知ってる山の達人です。今大塚製薬オロナミンCのプロジェクト「キミハツ」の撮影部隊の方々と回って、あれこれ質問を受けていました。「後継者はどうするのですか?」「おらんおらん。水車まわすとはあと3年か5年くらいやろーなー。」と笑顔で答えてくれる馬場さん。「残したいと思わないんですか?」「思わん思わん!笑 現代に合わん仕事やもん!」...あっけらかんと笑いながら馬場さんは答えてくれました。僕らは外から関わる無責任な人間だから「なんとかこの産業が残ればいいなぁ。」なんて思っているけど、その作業は本当に技術と知恵と知識と体力が必要で、実際自分がその仕事をやれるかといったら「労働に見合った賃金はもらえるだろうか?」「子供は養っていけるだろうか?」などいろいろ考えてしまいます。

僕は物をつくれないので、つくる方々は本当に尊敬しています。そして、つくれないからできることもあると思って今の仕事をしています。

でも、スタンスは馬場さんと同じかもしれません。伝統工芸や日本(国産)でのものづくりを何がなんでも残していかないといけないとは、微塵も思っていません。現代の資本主義の流れの中で需要があるものは残っていくし、そうでないものは無くなっていく。それだけです。ただ、今ある資源を現代社会の中で、こういう需要があるんじゃないか?こういう魅力があるから、こういう使い方があるんじゃないか?という提案はできると思います。変に商品開発をするというより、うなぎの寝床は編集的な仕事をやっていると思います。そして、それ(物)が受け入れられて需要が増えれば、産業として残る可能性もあるし、それが一時的なものだったら無くなっていくかもしれません。それは社会のみぞ知るだと思います。

この筑後地方だけではなく、全国いたるところに資源はたくさんあります。交通のインフラがしっかり整い、情報のインフラもしっかり整った現代。もう一度資源を見つめ直して良さを考え直す時期だと思います。商いをしてる方も、一般の方も、自分のまわりを見直すきっかけとなる活動をできればと思います。

なんだか、堅苦しい話しになってしまいました。

白水