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【地域のこと / 観光協会】美しい空間とは何か。近代八女の礎を支えた「旧八女郡役所」を訪ねて。/ Yame Rediscovery vol. 37

3月 5th, 2019

【地域のこと/観光協会】美しい空間とは何か。近代八女の礎を築いた「旧八女郡役所」を訪ねて。/ Yame Rediscovery vol. 37

「民藝」の考え方を世に広めた思想家、柳宗悦は『民藝美論』の中で、美の本性に触れるには、何よりも「直感」の力が不可欠であると説きました。直感とは、人間が本来持っている美を感受する本能的な力であり、知識や先入観によるのではなく、囚われのない自由な心と目によって純に対象物を見ること、と定義されています。

何を美しいと思うか?というのは、個人の主観によったものであり、絶対的な定義は難しいものです。仏像を見て美しいと思う人もいれば、ピカピカのフィギュアを見て美しいと思う人もいるでしょう。美人の定義も、文化や時代によって大きく異なります。自分独自の美意識だと信じているものでも、そこには柳のいう「知識や先入観」が含まれていることも多分にあるのではないでしょうか。

地域ごとの町並みや景観には、こうした個人の美意識が大きく影響します。美意識の集合体が町並みを形成するといってもいいかもしれません。古い家をただ「ボロい」と思うか「美しい」と思うか。改修するときに何を残し何を捨てるのか。一つ一つの選択が、個人と社会の美意識を体現しています。

八女福島でも最大規模の木造建築で130年の歴史のある「旧八女郡役所」の保存と改修のために立ち上がった、朝日屋酒店店主でNPO法人八女空き家再生スイッチの代表でもある高橋康太郎さんは、これまでも八女福島の町並み保存のために尽力してきたキーマンの一人。柳宗悦の考え方にも影響を受けながら、建築やものづくりのみならず、本・美術・映画などの文化活動にも取り組んでいます。

平成27年に一部改修され、現在も改修を続けながら活用されている「旧八女郡役所」は、そんな高橋さんの強い思いと人柄により、伝統建築だからこそ感じられる空間として残り、思いに共感する多様な人々の表現の場として活用される地域の拠点となりつつあります。今回はそんな旧八女郡役所の成り立ちや改修の経緯を伺いながら、その魅力についてお伝えしたいと思います。

明治期の八女地方の産業と行政と中心を担う場として

明治維新からまもなくの明治10年(1878年)、旧久留米藩・柳川藩だった現在の八女地方は、上妻郡(こうづまぐん)と下妻郡(しもつまぐん)という行政区画に生まれ変わりました。明治20年頃(1888年)、この両郡を管轄する「上妻下妻郡役所」として、八女福島に建築されたと考えられており、明治29年(1897年)に両郡と星野村が合併して八女郡が誕生してから「八女郡役所」となりました。いわば現在の市役所のような役割を果たしていたのです。

八女郡役所は、実は近代八女の礎が築かれた場所でもあります。明治30年(1898年)に2代目郡長である田中慶介が赴任すると、八女地方の産業における将来の目標と必要な施策を示すべく、郡内各町村の現況調査を行い、「八女郡是」という今でいう地方創生のための指針を作ります。

八女郡是では、商工業・農林業・都市計画などについて詳細な検討が行われており、例えば和紙や久留米絣など、元々農家の副業だったものを産業化することなどが提案されています。また、八女の伝統工芸品である提灯や仏壇、八女茶なども、八女郡是の中で力を入れて産業化していくことが提案され、発展してきました。八女という地域の強みを検討し、未来に向けた施策や提案を考えた人たちが働いていた建物でもあるのです。

大正2年に郡役所が別の場所に移転し、その役目を終えたあとも、この建物は時代の変化にさらされながら様々な使い方をされていきます。大正後期から昭和初期頃には地域の特産品でもあったハゼの木蝋工場に、戦争が始まる昭和19年ごろからは軍需による銃弾製造工場に、そして終戦後は2~3世帯が共同で暮らす住宅になり、昭和30年代からは地元で愛された服部飼料店として活用されましたが、平成8年には空き家になってしまいます。

言語化できない「美しさ」は、いかにしてできるか。

空き家になって10数年経った郡役所は、風雨にさらされ、屋根や土壁など傷みも激しくなっていきます。しかし高橋さんは、郡役所の微妙に風合いの違う瓦が重なる屋根の表情や、大きな梁が連なる小屋組、広い空間に流れる静謐で緊張感のある空気などに惹かれ、なんとか残したいと思い、保存と活用を模索していたNPOに参加しました。

とはいえ改修には莫大な費用がかかります。郡役所は特に最大規模の木造建築で、すべて改修するのにざっと見積もって1億円以上かかるとのことでした。国の重要伝統的建造物群保存地区の範囲内ですので、行政の補助制度は存在するものの、通常の補助の上限は960万円であり、大きな建物だからということで仮に3棟分補助が出たとしても手出しの資金は7000万円以上で、従来の建物が持つ良さを損なうような修理にもなり兼ねません。

そこで高橋さんはご自身でも借り入れを行いながら、様々な助成金・たくさんの有志の方々からの寄付により、まずは安全が確保できるよう「応急処置」としての改修を行い、建物の活用をしながら修理をしていく方向を選びます。改修もワークショップに参加してくれたボランティアの方々の手も借りながら実現したものです。

「この場所の良さって、何とも言えない”雰囲気”じゃないかなあ。理屈じゃ説明できない、人間の心に訴えかけてくる何かがここにあるんだと思います。」何かを残すときに失ってはいけない大事な要素は何であるか、普遍的なものは何であるかを考えることが、大切なのではないかと高橋さんとお話ししました。人々の土地に根ざした暮らしや仕事が作り出してきた空間だからこそ、その「美しさ」は存在しているのかもしれません。

改修から2年が経ち、今では高橋さんがいる朝日屋酒店以外にも、絵本とカフェ「ありが10匹。」や、林業の6次産業化に取り組む団体などが入居し、むき出しの梁と土間が独特の雰囲気を醸し出す中央の巨大ホールでは、さまざまなアーティストや作り手などが個展やイベントを開いています。

様々な時代の人々が幾度となく踏みしめたであろう、旧八女郡役所の広いホールの土間に立っていると、ふと感覚的に心が動かされる自分がいることに気づきます。三方の窓から差し込む光が、この場所の特別な魅力を照らしてくれているようです。

現在進行形で修理され活用される「旧八女郡役所」ですが、ここで100年以上の間、仕事をしたり生活をしたりした人々が生み出した空気も残されています。どこかでそんな存在を感じながら味わえるこの空間は、ある意味とても贅沢な場所でもあるのではないでしょうか。是非八女に来られた際には、美味しい地酒を買いがてら、立ち寄っていただければと思う場所です。(渡邊・原)

◉ 旧八女郡役所
住所:福岡県八女市本町2-105
電話:0943-23-0924
HP:http://gunyakusyo.com
時間:9:00-19:00(日曜のみ10:00-17:00)
定休日:不定休
駐車場:あり、敷地北側に駐車場があります。
アクセス:JR 羽犬塚駅から堀川バス乗車、八女学院前下車、徒歩10分
西鉄久留米駅から西鉄バス八女福島行き乗車、福島バス停下車、徒歩10分
八女IC から車で約10分


みんなで修復したという壁の前にたつ高橋康太郎さん(写真が8777の場合)

「公園のような憩いの場所」をテーマにしたお茶や絵本を楽しめるスペース「kitorasu」

2階はまだ手をつけておらず、入居者募集だという。整えれば光が入って心地よい空間になりそうだ。


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