【地域のこと/観光協会】味覚が覚えている郷土の味。海外との交易により九州で生まれたお菓子「黒棒」とは / @野田製菓 Yame Rediscovery vol.10

【地域のこと/観光協会】味覚が覚えている郷土の味。海外との交易により九州で生まれたお菓子「黒棒」とは / @野田製菓 Yame Rediscovery vol.10

九州のなつかしの味、黒棒(くろぼう)。駄菓子屋さんで買ったり、近所のおばあちゃんにもらったりしたことのある人も多いのではないでしょうか。

そんな黒棒をつくっている会社が八女にありました。今年で創業126年の老舗・野田製菓さんです。九州を代表する銘菓・黒棒について、そして老舗としてその黒棒をつくりつづけることについて、代表の野田雄一郎さんにお話をうかがいました。

大きな「五円もの」黒棒には、技術とこだわりがつまっている!

知らない人のために少し説明すると、黒棒とは九州の北部に伝わる焼き菓子です。麩菓子とスポンジのあいだくらいの硬さの棒状の生地を、とかした黒砂糖でコーティングしているので黒棒。サクッとした食感で、中は柔らかいスポンジ生地の、そぼくな甘さのお菓子です。

長崎や佐賀に伝わってきた南蛮菓子のビスコッティが、その生地の原型とも言われています。”丸ボーロ”という佐賀のお菓子がありますが、九州で採れるサトウキビをその丸ボーロにつけたことから黒棒が生まれ、もともとは家庭のお菓子だったそうです。

野田製菓さんの黒棒の特徴はズバリ「大きさ」。昔は、1円の小さい黒棒の「一円もの」と、5円の大きい黒棒の「五円もの」があって、野田製菓さんは五円ものを作っていた流れで、今も大きめの黒棒を作っているそう。厚みのある生地を焼くには十分な火力が必要なので、ベルトで流してではなく、特注の大きなオーブン窯を使っています。

黒棒の材料は、主に小麦粉と砂糖です。小麦粉は地元・八女のもの、黒砂糖は6種類をブレンドしています。野田製菓さんの黒棒は、コーティングの砂糖にしょうがが入っているのもポイントです。1本1本手作業で、生地の中に砂糖をしみこませていきます。

100年つづくお菓子のために。バリエーションに込める思い

家庭のおやつとして浸透している黒棒も、実は作っているのは北部九州では10件ほどです。明治25年からはじまった野田さんのところが、最も長く黒棒をつくっていることになります。戦後の砂糖が手に入らないときは3年ほどお菓子を作れなかったそうですが、逆にその3年を経てからは、商品を黒棒だけに絞って製造してきました。

今では、もともとある黒棒と白棒に加えて、八女茶を使った「抹茶棒さつき」に、今年登場の八女のゆずを使った「ゆず棒」と、種類が少しづつ増えてきています。今では売れ筋になっている抹茶棒は、10年前に商品化されました。100年も続いてきたお菓子に新商品を加えるのって、よく考えたら勇気のいることだと思いませんか?

実際に、抹茶棒の開発には7年もかかったそうです。黒棒が100年なんだから、新しい味も少なくとも50年はつづくと考えたすえの、妥協できないものづくりです。今でもいろいろな新しい味、例えばいちごのあまおうなども商品化しようと苦戦中のようです。ハンパなものは作れないという真剣さが、「新商品の開発」という面から伝わってきました。

そうして生まれた抹茶棒は、今では黒棒・白棒を買ってこなかった人たちが買う「間口」になっていて、新しいお客さんの獲得につながっているそうです。伝統に責任を持ちながらも、頼りきらず挑戦していく姿勢は、お菓子作りだけでなくあらゆることにとって大事だなあと思いました。

126年ものあいだ、同じお菓子をつくりつづけること。それは簡単にできることではありません。100年つづいてきたものを、これからの100年も絶やさず作りつづけていくことが、野田製菓さんのこれからだそうです。

「お菓子作りは笑顔作り」。おじいちゃんおばちゃんから孫に、黒棒といっしょに笑顔も受け継いでいくような、幸せなお菓子だと感じました。九州のほっとするそぼくな味、ぜひ食べてみてください。河合

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