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【雑感にょろり】なんでも比較の問題。沖縄の織物から見る、久留米絣。

8月 5th, 2016

【雑感にょろり】なんでも比較の問題。沖縄の織物から見る、久留米絣。

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避けては通れない、沖縄。琉球絣とびんがたのリサーチ。

今週は琉球絣と琉球びんがたのリサーチのため、沖縄に行っておりました。久留米絣は1800年代前半に始まったといわれていますが、琉球絣や琉球びんがたは14〜15世紀に、中国や東南アジアとの交易を通して伝わり、脈々と続いています。久留米絣を知るためには、避けては通れない場所であり、日本の織物史の中でも重要な場所なのです。

海の向こうと関わりながら、生きてきた琉球王国。

私は中学生くらいの時に、家族旅行で沖縄に行ったことがありましたが、今回は「観光客」とはまた違う立ち位置で、作り手の方々のお話を聞きにいったからか、前回の印象よりも文化の違いをより明確に感じました。小さな島国として、古代から海の向こうの他国との関係性の中で生き残っていかなければならなかったからこそ、多くの文化の集積地にもなり、政治的な力や時代の流れに翻弄もされてしまうのだと思います。

沖縄各地で織られていた琉球絣も、琉球王国が薩摩藩に1609年に侵攻され、財政的に圧迫されたことから、人頭税として「織物」を納めさせたから発展しました。久留米絣とは違って、「御絵図帳(みえずちょう)」という王府指定の柄見本を元にデザインが決まっている琉球絣。しがらみとルールがあったからこそ、「琉球らしさ」が醸成されたのだろうと思います。

機械化されていない琉球絣。手織り手ぐくりが当たり前。

また今回とにかく驚いたのは、琉球絣が全く機械化されていないこと。話には何度も聞いていましたが、自分の目で見ると、改めて衝撃的でした。くくりの工程も、織りの工程も、すべて手仕事。久留米絣でも、藍染め手ぐくり手織りの工房もまだ何件かは残っていますが、それは意識的に選択されているところだと思います。しかし、琉球絣の場合は、機械化にするかしないかの「選択」はなく、ただただ淡々と手ぐくり・手織りが続いていました。久留米絣でも現代から考えると(いい意味で)非効率極まりない工程だと思っていましたが、なんでも比較の問題です。そういう意味でも、沖縄は生きる文化財なのだと思います。

久留米絣の工程動画を作り手の皆さんに見せると、目を丸くして驚かれます。今後、必要なのか不要なのかは今のところ判断しかねますが、こういった技術交流などもすると、面白いのかもしれません。これを機にご縁もできたので、久留米絣を基点として、沖縄の織物と関わっていきたいと思っています。渡邊

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