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【つくりて紹介】うなぎが紹介する3種類のガラス製品

3月 13th, 2020

【つくりて紹介】うなぎが紹介する3種類のガラス製品


私たちの生活の中で身近にあるガラスのうつわ。一体いつから使われはじめたのだろうとふと考えたことはありませんか?
日本にガラスが伝来して来たのは紀元前1世紀!
シルクロード、北・南海路を経て日本へと伝わりました。
弥生時代の遺跡から発見されたガラス玉が日本最古と言われています。
日本で作られたものかどうかは、わかっていませんが、2.000年前にはガラス炉が発見されていて、確実に日本でガラスの成形や加工が行われていました。
それから室町時代後期、1549年にフランシスコ・ザビエルが来日したのをきっかけに海外との交流の結果、多くのガラス製品が輸入され、また、日本でも盛んにガラスが作られるようになりました。
江戸時代のガラスは、熱に弱くすぐ割れてしまっていましたが、リサイクルが進み大量に生産されました。しかし、長崎などのヨーロッパとの貿易が栄え始めると、国内のガラス産業は衰退していきます。
明治にはガラスくずの輸入が始まり、再びガラスが生産されるようになりましたが、明治政府は企業による工場生産を目指し、小規模のなガラス会社が生産するようになりました。
長きに渡り発展と衰退を何度も乗り越え、私たちの日常生活で使われるようになっているのですね。
ここでうなぎのお店で取り扱っている3つの作り手をご紹介していきます!
ガラスのうつわ通販こちら→https://bit.ly/39392DN


【太田潤さん】
1975年小石原焼の窯元であり陶芸家、太田哲三さんの次男として生まれる。かつて轆轤(ろくろ)を回していた時期もあ理ましたが、手吹きガラスに惹かれ沖縄琉球ガラスの修行に入り5年間学びます。現在東峰村にて窯を開き、再生ガラスを用いて手吹きガラスの作品を作り続けています。太田さんの作風は陶器を思わせるような温かみのあるガラスの器や花さしです。


【副島硝子工業】
1903年創業の副島硝子工業は、肥前びーどろ(佐賀ガラス)を100年以上作り続けています。1852年に佐賀藩の鍋島直正公が精煉方(理化学研究所)を設置し、主に化学実験用のビーカーやフラスコを作っていました。その後、明治時に入り食器を作られはじめ、精煉所から独立したのが副島硝子工業です。江戸末期から続く宙吹き技法の一つ、「ジャッパン吹き」を伝承しています。
(鉄の吹き竿の代わりに2本のガラス竿を扱って成形し、空気以外のものになるべく触れないように作る技法です。ガラスの表面がより滑らかな肌合いに仕上がります。)


【萩ガラス工房】
山口県萩市にある萩ガラス工房では、地元笠山で採掘した石英玄武岩を原料としたガラス製品の製作を行なっています。江戸時代末期で一度途絶えてしまった萩ガラスの歴史を、大阪でセラミック製造会社を営む藤田洪太郎さんが、1992年に故郷である萩に工房を構え、古文書を紐解いて萩ガラスを復刻。地元産出の鉄分の含有量が高い原石から得られる緑色のガラスや、カリガラスと呼ばれる硬質なガラス素材を生かしたガラス製品をつくっています。硬質ガラス※(カリガラス)の生産をしているガラス工房は国内では唯一当社のみです。
※軟質ガラス(ソーダガラス)の5〜10倍の強度がアップしています。

ご紹介したつくり手に共通していることは、ものづくりを通して拠点にする地域の歴史や土地性を伝えていたり、新たなオリジナリティを生み出しているところだと思います。
日々生活の中で使っているガラスのうつわがどこで作られているのかを知るとより愛着が湧いてくるものです。
ぜひお店でもご覧くださいね。田中

通販はこちら:
太田潤さんのガラス→https://bit.ly/2wdOYl5
副島ガラス→https://bit.ly/3a6kuQA
萩ガラス→https://bit.ly/2WpGv93


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