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【2000文字コラム 渡邊令】久留米絣の織元シリーズ ⑸ 産地としての新しい発展の形@宮田織物株式会社 / “Kurume kasuri” weavers’ interview series 5: Miyata Orimono

5月 10th, 2016

【2000文字コラム 渡邊令】久留米絣の織元シリーズ ⑸ 産地としての新しい発展の形@宮田織物株式会社
“Kurume kasuri” weavers’ interview series 5: Miyata Orimono

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池田信広さん(右・取締役統括部本部長)と原博子さん(左・統括部営業課主任)。
Mr. Nobuhiro Ikeda and Ms. Hiroko Hara from Miyata Orimono.

元「久留米絣」の発展系メーカー
誰よりも強い、産地の未来への思い

久留米の織物の多様性。広幅への転換で生き残る。

九州の八女・広川地域は、久留米絣の産地。そもそも絣(かすり)とは、英語では”ikat(イカット)”と呼ばれる柄を織る技法で、インドや東南アジアなど世界中で織られていますが、日本では明治以降の繊維産業の発達とともに機械化が進み、他国では見られない産業規模に発展しました。かつて日本三大絣と言われた久留米絣・備後絣・伊予絣は、いまやどこも衰退していますが、久留米絣だけはまだ「産業」といえるくらいの規模は残っている状況です。久留米絣が生き永らえている一因は「多様性」だと思います。機械化以前の藍染手織りも小規模ながら残っていますし、産業遺産に加われそうな60〜70年前のシャトル織機の機械織りの織元も数多いです。

その中で筑後にある「宮田織物株式会社」は、一線を画する存在。もともとは現会長の宮田智さん(85歳)の祖母・宮田サカエさんによって、1913年に久留米絣の織元として創業しますが、智さんが家業に入った後、1958年に小幅(約38cmの着物の反物幅)で織られる久留米絣の生産を止め、洋服用の広幅織機(約1m)へと大転換をはかります。広島の備後絣の織元の中には、同じ時代に洋服用の広幅織機に転換し、繊維・デニム業界で大きく成長したところもありますが(カイハラ株式会社など)、久留米絣の織元の中で広幅に転換したところはそれほど多くはありません。

宮田織物の代名詞「綿入れ袢天」。時代と共に柔軟に変化。

智さんはその後の宮田織物の代名詞にもなる「綿入れ袢天」の製造を1965年から開始します。これは木綿の織物「久留米絣」の織元としてのルーツを汲み、現代における綿織物の発展について考えてこられたからこその道だったのだろうと感じます。1980年代には年間55万枚もの袢天を販売したそうですが、その後繊維産業が次々と海外へ工場を作り、価格競争が激しくなるにつれ、厳しい状況に追い込まれていきます。

当時の生地は全て綿65%・化繊35%で、安価で様々な柄の袢天を作っていましたが、織屋も問屋さんもお客さんも幸せにしない既存の形に見切りをつけた智さんは、15年ほど前に再び大きな方向転換をはかります。綿100%の生地を主軸におき、袢天だけではなく洋服まで一貫生産を行い、アパレルメーカーなどへも販路を広げていくのです。2013年には3代目の娘・吉開ひとみさん(55歳)が社長に就任し、「和木綿」をコンセプトに掲げて、デザイン・製造・縫製・自社サイトでの販売まで一貫生産を行っています。普通の織物メーカーではわざわざ作らないような、機械による効率化と手仕事の領域を融合させたような布作りを行い、綿入れ袢天や洋服などを製造している、この地域では特異なメーカーです。

「久留米絣ではない」けど、ルーツを汲んだものづくり

誤解のないように記しておきますが、宮田織物さんの生地は久留米絣ではありません。今年の「もんぺ博覧会」から登場する、宮田織物xうなぎの寝床の「ストレッチもんぺ」の生地も、広幅のレピア織機で織られ、よこ糸に2%ポリウレタンが配合されていることで、伸縮性が加わっている生地です。柄も久留米絣の伝統柄「文人絣」を意識したものですが、染色は伝統的な「くくり染め(糸を縛って先染めすること)」ではなく、「板締め染色」と呼ばれる染色方法で糸を先染めし、表現しています。これは小幅で織っている久留米絣の織元には出来ない領域です。この地域の織物業界全体で見たときに、このような生産体制の幅というのは大きな強みです。久留米絣の織元としての発展の形の一つを示すという意図で、今回もんぺを一緒に作りました。

この取り組みのきっかけにもなったのが、宮田織物のキーマンでもある池田信広さん(49歳・取締役統括部本部長)と原博子さん(47歳・統括部営業課主任)のお二人。久留米絣の織元で職人として働いた祖父と母を持つ池田さんは、1985年に宮田織物に入社し30年に渡りその変遷を支え、レピア織機の限界に挑むようなデザインと布作りを行ってこられました。原さんはニット会社の企画・営業として、日本を代表するデザイナーやトップブランドと仕事をした後、7年前に宮田織物に入社。その独創的な生地を使って、アパレルメーカーとしてもステップアップできるように日々戦うパワフルな方です。

「定義」は作り手と消費者の共通言語。織元の集会場として。

久留米絣とその産地に対しても、一定の距離があるからこそ、人一倍思い入れも強いお二人。いつも伺う度に「久留米絣とは何か?」という白熱した議論に発展します。「定義っていうのは、作り手と消費者のための共通言語だ」と話す池田さん、宮田織物のお客さんからも「久留米絣だと思って買ったのに」という問い合わせがあり、1時間もかけて久留米絣の歴史と定義について説明したこともあるそうです。個々が一生懸命取り組むのはもちろんですが、今後は産地としての「旗印」が必要になるのではと語られていたのが印象に残っています。

最近は久留米絣の織元ホープたちの「集会場」みたいになっているという宮田織物。昔はただのおしゃべりに過ぎなかった内容が、最近は「議論」に発展してきているといいます。九州特有の「まぁよかよか」から、本当にこのままで良いのかという「よかと?」への変換。これまで横のつながりが薄かったからこそ、宮田織物がそういう話し合いと問題提起の場になっていってもいいのかもしれないと語るお二人の言葉は、産地に対する愛情と当事者意識があるからこそ。創業当時からの織元スピリットが、しっかり受け継がれている証だと感じました。渡邊∈(゜◎゜)∋ ウナー

【MONPE】
http://monpe.info
【久留米絣もんぺ通販】
http://bit.ly/1bLYM5p

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縫製も一枚一枚自社で
All the sewing is done in house

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レピア織機で織られている宮田織物の生地
Miyata textile is weaved on a rapier loom

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袢天の綿入れ。一つ一つ手作業。息をあわせて。
Padding the hanten (padded cotton traditional jacket) with cotton

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綿入れが終わった袢天。これから手縫いでとじていく。
The padding is finished: now the hem will be sewed

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シャフトに一本一本糸を入れていく。この膨大な手仕事が宮田織物の立体感のある美しい生地の秘密。
Threading each yarn into the heddle of the loom, all by hand. This is the secret to Miyata Orimono’s beautiful textile.

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袢天を手縫いで綴じていく
Sewing the hems of hanten

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仕上げ。美しい生地。
The finishing touch of the beautiful hanten

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経糸の整経。ここでも様々な色を使い立体的に構築。
The warping process: you can see the complex color of the warp.

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織られる前の美しいたて糸
the beautiful warp yarn

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袢天ボックス
Hanten Boxes

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様々な種類の布を自社で生産している
Many variations of textile is made here at Miyata OrimonoDSC01396

Miyata Orimono


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