【地域のこと/ 観光協会】酒造りは科学に立脚したセンス。多重奏オーケストラのように、クリアで重厚な味を目指す @喜多屋 / Yame Rediscovery vol.47

【地域のこと/ 観光協会】酒造りは科学に立脚したセンス。多重奏オーケストラのように、クリアで重厚な味を目指す @喜多屋 / Yame Rediscovery vol.47

「世界の歴史をみても、古い文明は必ずうるわしい酒を持つ。すぐれた文化のみが、人間の感覚を洗練し、美化し、豊富にすることができるからである。」

昨年、福岡を代表する酒蔵である「喜多屋」の代表取締役社長、木下宏太郎さんにお話を伺った際に、酒造りに携わる人にとってのバイブルだという、坂口謹一郎の『日本の酒』の冒頭の一節を紹介いただきました。

日本酒は「国酒」に指定されており、神道においては神様に供える「御神酒」でもあります。この文化的価値を理解できる教養と哲学が酒造りに不可欠で、自分たちは単なる商品を作っているのではなく、日本文化を背負う「文化企業」と思ってやっているのだと、木下社長は話してくださいました。

喜多屋は、八女を代表する酒蔵の一つです。2013年には『大吟醸 極穣 喜多屋』が国際的なワイン品評会であるIWCで「チャンピオン・サケ」を受賞するなど、国内外で評価も高く、海外にも輸出しています。

そこに至るまで、どんな理念と哲学にもとづき、誰に対し、どんな日本酒を作ってきたのか。「甘口」「辛口」などの表面的な分類では表現できない、追い求めてきた根本的な技術と味について、木下社長に伺いました。

すべての素晴らしいお酒の共通点とは何か。今も残る師匠の言葉。

木下社長は東京大学農学部を卒業後、日本酒メーカー大手の宝酒造に入社し酒造りの経験を積み、1992年に家業であった喜多屋に入社します。入社後も、国税庁醸造試験所に2年あまり在籍した木下社長は、そこで師匠と仰ぐ醸造学者の岩野君夫さんに、毎日のように言われていた言葉が焼き付いています。

「残らず、寂しからず」。日本酒に限らず、すべての素晴らしいお酒の共通点だと岩野先生が唱えていた言葉だそうです。まるで禅問答のようですが、飲んだ後にザラザラと残るものもなく、でも口さみしいわけでもない。その絶妙なバランスこそが重要なのです。

この「残らず、寂しからず」をそれぞれがどう解釈するか、ということでお酒に個性が出るのだと木下社長はいいます。東北の蔵元が造る「残らず、寂しからず」なお酒と、福岡の蔵元である喜多屋が造る「残らず、寂しからず」なお酒では、全く違うものになります。その味を決めるときの大事な要素は「食文化」です。

喜多屋は、あくまでも福岡の人に対して、福岡の人が喜ぶ最高のお酒を目指し造っています。それが結果的に東京や海外からの評価につながっているのです。だからこそ背負うべきは「福岡の食文化」であり、そこに合う「残らず、寂しからず」のお酒をひたすらに追い求めてきました。

どんな味のお酒なのか?感覚を言葉にしてみると「口の中で大きく丸く優しくふくらむ味と香りがあり、そして綺麗な余韻が残る酒」。これをさらに翻訳し、杜氏や蔵人に共有して伝えなければ、お酒という形にはなりません。そこで行き着いた味のコンセプトは「芳醇さと透明感を両立させること」。まるで矛盾した2つの味のようにも感じますが、木下社長は両立できるわかりやすい例えを話してくださいました。

「オーケストラと一緒です。20人編成のオーケストラは、それぞれの音が整っていなければ、濁って聞こえます。逆に一人一人がクリアで完璧な音を出し、それが和音になったとき、とても重厚で高度な音楽となるのです。喜多屋が目指す日本酒も同じように、クリアさとリッチさを両立させなければいけませんでした。」

20年かけて追求した喜多屋の酒。創業から通底する理念と通ず。

求める味とビジョンは定まっても、それを実現する技術とトレーニングが十分になければ、意味がありません。だからこそ木下社長は「酒造りは科学に立脚したセンス」だと話します。

音楽を奏でる技術を磨くと同時に、楽器そのものも良いものでなければいけません。だからこそ、最新設備や技術も日本でも最先端レベルで導入しました。麹は生き物だと言われますが、管理や技術の欠点で生まれる「雑味=オフフレーバー」は素人でも感じることができるそうです。きちんとコントロールした上で、意図した味を生み出すためには、長い年月が必要でした。

そして20年をかけて、ようやく集大成として完成した!と思えたのが、IWC2013の「チャンピオン・サケ」を受賞した『大吟醸 極穣 喜多屋』だったのでした。その審査員長のサム・ハロップ氏が「Superb intencity and purity = 見事な芳醇さと透明感を秘めた酒」と評価してくれたときは、思わずハグしたくなったと木下社長は話します。

喜多屋なりの「残らず、寂しからず」は、芳醇さと透明感の両立、という形に結実したわけですが、驚くことに木下社長の先先代である祖父が残し、酒蔵に掲げられていた書には『芳醇爽快』という言葉が残されていました。自分たちのアイデンティティである福岡の食文化に向き合った結果、求めたお酒の味は、先祖の代から変わっていなかったのです。

「実は喜多屋の屋号は、創業者の木下斉吉が、酒を通して多くの喜びを伝えたい、という理念を掲げ名付けられたのです。これは今でも変わらず一貫した喜多屋のビジョンでもあります。」福岡県民が喜ぶお酒を作ったとき、初めて世界の人が評価してくれるのだと、木下社長は言います。

また創業当時からのファミリールールとして「主人自ら酒造るべし」という言葉も守り続けています。50名以上の従業員が働く現在でも、木下社長自らが味を決め、コンセプトを決め、酒造りを率いているのです。

今回改めて知った、喜多屋が追い求めてきた日本酒の心。知った上で飲む一杯はまた格別です。喜多屋では季節ごとに蔵開きや新酒祭りなどのイベントも行っています。八女福島に来られた際には、ぜひ訪れてみていただきたい場所です。渡邊

◉喜多屋
〒834-0031 福岡県八女市本町374
TEL: 0943-23-2154
営業時間: 9:00-17:30
定休日: 土日祝日
HP: https://www.kitaya.co.jp

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