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【2000字コラム 渡邊令】盆提灯から見える、宗教とアイデンティティ

3月 31st, 2016

地域性の強い、盆提灯の飾り方文化
無意識の宗教観こそが、地域のアイデンティティ

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地域で異なる、盆提灯との付き合い方
お墓に飾る鹿児島、大型化した筑豊地域まで色々

あまり知られていませんが、八女は九州のものづくりの溜まり場。実は、九州で最も伝統工芸品の種類・生産量の多い土地なのです。その中でも「提灯」は比較的大きな産業で、20件ほどの事業者が残っています。特に、お盆の時に使われる「盆提灯」のシェアに関しては、20〜30億円規模のマーケットのうち、6〜7割のシェアを八女が持っているそうです。盆提灯にも、天井に吊るもの、床に置くもの、筒型・壺型・丸型・・・などバリエーションが実に様々なのですが、実は私自身も八女に来るまで、こんなに種類があるものとは知りませんでした。それもそのはず、先日久しぶりにお邪魔した提灯のヤマグチさん(http://www.chouchin.co.jp/index.html)で教えてもらったのですが、私の実家のルーツがある東京・広島・新潟などは、基本的にはあまり飾らない文化圏。京都・大阪も自宅ではなく、お寺などに出向いたりして供養を行うそうなので、盆提灯を家で飾る文化はないとのこと。逆に長崎・対馬出身のデザイナー中庭日出海さん(八女のJAPAN BRANDのプロジェクトでご一緒しています)曰く、「実家に帰ると10数個の巨大な盆提灯をモリモリ飾り、取り出して組み立てて、また片付けるのは未だに自分の仕事」とのこと。九州全県・長野・山陰などは比較的盆提灯を激しく飾る文化があるそうで、特に九州では各地域ごとにそれぞれ飾り方や贈り方、数や種類など全く違うそうです。長崎の離島や隔離された環境の地域はとにかく大きさが最大級で数も多かったり、福岡の筑豊地域は円柱型の巨大提灯に和彫風の大柄の絵を描く習慣があったり。鹿児島に至っては九州でも独特の文化があって、初盆や法事の時にお線香などの代わりに、ピロピロの細い糸がたくさん付いている提灯を贈り、お墓の周りにずらーっと何十個も吊るし並べるのだそうです。そのピロピロ提灯がどれくらい飾ってあるかというのが、ある意味その故人のステータスにもなるとのこと。

違いの境目はどこに?未だに根強い「藩文化」
宗教の装飾文化が広がる原動力

こうした風習というのは、現在の「県」という境界ではなく江戸時代の「藩」の境界が未だに根強いそうで、筑後・八女でも矢部川を境に「久留米藩」と「立花藩(柳川)」に分かれているエリアでは飾り方に少し相違があるのだとか。もともとは「お盆」という宗教性の強いイベントに付随した文化ではあるのですが、仏壇・提灯などの装飾的な部分というのは、もはや宗教とは分離した、隣り合う他者との違いを強調する目的だったり、代々伝わっているしきたりを踏襲しなければ何か良からぬことが起きるのでは、という恐怖感だったりするのだと思います。バレンタインデーに女の子が男の子にチョコを贈り、ホワイトデーには男の子が何かを返さないと良からぬことが起きる、という気持ちを植え付けた日本のお菓子業界と同じようなことです(海外ではチョコと決まっているわけではないですし、女の子から男の子へという縛りもありません)。しきたり・風習というのは概してそのように生まれたものが多いように思います。実際、山口さんもこの時期(冬〜春)は、盆提灯を飾る文化のないエリアへ、その習慣を広めようと他の提灯業者さんと営業活動を行っているそう。ある種の布教活動ですね。既に盆提灯文化のある地域はマーケット的には飽和状態なので、ない地域に広める方が合理的だとのこと。こうやってこの何百年の間にも日本国内で、宗教とともに色々な装飾文化が広まっていっただろうなぁと、商売と文化と宗教の関係について考えさせられました。

宗教って何だろう?
無意識の中に根付く「しないといけない」意識

そもそも、宗教と文化の定義自体が難しいものです。私は大学時代、「社会人類学」という人間社会の文化的構造を解明する学問をただひたすら学んだのですが(詳しくはまた改めて)、「宗教ってそもそも何?」というテーマだけで1週間分の課題でした。キリスト教・イスラム教などの一神教が当たり前だった文化圏で生まれた人類学にとって、かつては多神教やアニミズム(自然崇拝)の文化自体が興味深い事例だったのです。日本人に「あなたの宗教はなんですか?」と聞くと、「特に信じていません」とか「冠婚葬祭のときだけ」とかと答える人が多いですが、宗教というものは必ずしも毎日礼拝に行くものではなくても、むしろ無意識に生活の中に根付いているからこそ力強いパワーを発揮するものなのです。「なんか分からないけど、しないといけない気がする」これです。表層的な部分ではなく、人間の無意識の行動原理に影響し、同じ文化圏の人たちを自然と共有されることで、共同体としてのアイデンティティを形成する役割も担っているのです。そういう意味では、文化(価値観・行動パターンとしてのカルチャー)と宗教の違いというのは、意外と考え始めると線引きが難しいものです。でもこうして異文化と出会うことは、はたと自分の無意識の中のレンズに気づく瞬間でもあるのです。

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鹿児島のピロピロ提灯

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福岡・筑豊の巨大絵付け提灯

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色々な思いをもつヤマグチ提灯の山口さん。商工会井上さんと、デザイナーさんの中庭さんとともに。


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