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【裏うなぎ】新鮮な視点と、海外に発信するとはどういうことかを考える。

9月 7th, 2015

新鮮な視点

海外に出すというのは、どういうことか?
それは、そこの文化をしっかり知るということ。
それは、マーケティングとも言うかもしれない。

先日、アメリカからの方を案内した。写真は浅草のyohakuさんでの一こま。アメリカでメンズブランドを立ち上げるということで、久留米絣の工房や宮田織物さんを案内した。その際に、他に日本の産地で面白い取り組みをしているところありますか?と聞かれたのでカットソーをやってるyohakuさんを案内した。僕の仕事は、もう何がなにかわからない。案内することが事業になるかというと短期的にはまったくならないんだけど、得るものは本当に多い。そして、長期的にみたら、多分自分達に帰ってくるんだと思う。スキルや考え方や、もちろん金銭的な側面に関しても。

ディテールの認識と日本人の体格。
男女差があるアメリカ人(一言ではくくれないけど)の体格。

日本は単一民族の国家であり(現時点では)、男性もすごく大きい人というよりも、中ぐらいの人が多い。だからユニセックスの服も多く存在する。僕らがやってるもんぺに間しては、ユニセックスである。仕様に関しては女性仕様という感が強くはあるが。もんぺは、ウエストがゴムで、ポケットが前に一つある。ゴムは細いゴムが2本入っている。アメリカ人のアーロンはこのゴムを太い平ゴムに変えることはできるか?と言った。この細さが女性っぽいと。そして、ポケットはサイドにつけれるか?と。アメリカの男性はバッグのようなものを持たずに、財布も持ち歩かず支払いはカードが中心の社会。だからポケットは必需品だと。確かに。日本人はまだ「もんぺだから前ポケット一つなんですよ」と言っても、納得してくれるところがあるかもしれないが(不便と感じているかもしれないけど、すみません。)、それは海外では通じそうにない。

そして、yohakuさんで、いろいろやりとりしているところも、大きいボタンは女性っぽい。ゴールドのファスナーは女性っぽい。おー、そう感じるのか。と面白く聞いていた。アメリカはやはり体格と体系の差が男性と女性ではっきりしているので、ファッション的な部分も完全に分かれていて、ユニセックスという領域はそんなに大きくないようだ。だいたいレディースが7割くらいを締め、3割くらいがメンズらしい。今回はメンズで行くという選択が前提なので、それにあったような作り込みをしたいということだった。

僕はメンズでもレディースでもあまり関わらず服を着る。それは単純にあるものを着るからだけど。実家の母の服も自分にサイズが合えば着るし(女装壁はない。ワンピースとかは着ないよ。パンツとかね)、父のものも着る。でも、それはやっぱり体がそんなに大きくないし、筋肉もモリッと盛り上がってる訳ではない、そんなに太っている訳ではないという、日本人的な体系がそれを許しているのだなーということを改めて痛感した。

人に伝えるということは、
その人やその人が暮らす文化について知るということ。

僕は、今までかなり独りよがりの情報発信をしてきた。これ自体はあまり変わらないと思うのだけど、7月から渡邊さんが入ってくれて、英語で情報を構築してくれはじめたり、外国の方がちらほらきて、僕とはまったく違う文化圏で過ごした人とふれあうことで、考え方と意識は少しずつ変わってきたかもしれない。渡邊さんが「どこの文化圏の人に対して伝えるかを決めないと、なかなか文章を構築しにくい。」ということを言っていた。僕は正直理解できなかったのだけど、今ならよくわかるような気がする。

いくらもんぺを、いいですよ!と主観的に伝えたとしても、それは僕と同じ日本人的な体型の人にしか適合しなくて、例えば、大きいアメリカ人の男性からしたら「まー、わかるけど、完全にレディース仕様じゃん、着れないよ。」という感じになる。それは、文章でもアテンドでも一緒。様々な国の人を久留米絣の工房、馬場水車場の線香、源太窯、桶屋さんなどに連れて行くと、見るポイントが違う。使うイメージのポイントも違う。そのポイントをしっかり理解しないと、僕らの情報発信はただのエゴと押しつけになるかもしれない。

ただのブログだったらいいんだろう。それは個人の感想なのだから。でも、一応(いや一応じゃないか)仕事でやっているので、きちんとその辺を意識しながら発信する必要があるんだろうなーということを最近は感じている。感じているけど、まだそのどこの国の人に伝えていきたいのか、どういう人に伝えたいのかははっきりしない。僕は日本人なので、日本人が大体何を考えているか(本当はわからないけど)大枠はわかる。なので、単純に自分がいろいろ考えて発信することは、同じ日本人なら興味があるんじゃないか?と思って発信をしている。それが海外には通用しないということなんだ。

文化を調査して、それに合わせて発信することは、
実はマーケティングに近い。

マーケティングというものを、はっきりと僕は意識してやったことないけれど、それは世間一般や対象から何らかのデータを取得し、それを元に商品をつくったり、サービスをつくったりすることだと思う。僕らは、単純に他の地域の文化や違いに興味があったのだけど、それは「商品を売ったり、自分達の土壌のことを伝えるため」という前提がもしかしたら頭の片隅にあったのかもしれないと最近は少し感じている。だから、それは単純な興味ではなくてマーケティングリサーチをやってるんじゃないかと。単純な興味本位でやっていると自分で思い込んでいたんだが、それをよくよくひも解いていくと、世間一般的にいうマーケティングをやってたんじゃないかといいう気になってきたから不思議。

民俗学や人類学とかは、興味があると思い込んでいたんだけど、僕の場合は多分本当は興味がなくて、何かきっかけを持った物に対して、少し調べたり、資料を週種したりすることに対して興味があったり、その情報を応用して、自分達や地域がもってる資源を広く伝えるための触媒のようになるという時にだけ、調べたりする。だから、純粋な個人的興味というよりも、やっぱり仕事なんだろうなと思う。まー、仕事とプライベートの境目はかなり曖昧になりつつあるんだけど。

白水


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